(天声人語)消えゆくブログ

俳誌の「ホトトギス」は、明治の一時期、読者から1週間分の日記を募って掲載していた。ある教師は「十一日 六時が鳴りました、と妻に驚かされて起く。急ぎて行く。八時前五分学校に着く」事件が起きたわけでも、有名人が日常をのぞかせるわけでもない。鋳物師や病気の子のいる親など、じつに多くの市井の人が、己の行状を他人の目にさらした。これは何なのかでもよく考えれば、日々感じたことや何げない光景を記録し、多くの人に見てもらいたいというのは、今も変わらぬ心理だろう。ネット社会で、その実現を飛躍的に簡単にしたのがブログだった。2000年代初頭に広まり、日記などを発信できるツールとして人気に。匿名で書かれた「保育園落ちた日本死ね!!!」は社会を動かしただが栄枯盛衰は世の常である。gooブログが11月で閉鎖される、という記事を読んだ。放っておけばデータは消える。LINEもYahoo!も既にブログサービスをやめており、「ブログの時代は終わった」そうだ子育てで、仕事で、病床で。同じような境遇で奮闘しているブログの書き込みに、励まされた人も少なくないだろう。自分と誰かをつないだ見えない言葉の糸。そんな記録が丸ごと消えてしまうとしたら、何とも残念だ「書くためのモチベーションは、書くことによって維持される」。筆が進まずに悩むと、コラムニストの故・小田嶋隆さんの言葉を思い出しながら、今でも彼のブログをのぞくことがある。

朝日新聞 朝刊2025-10-02 (天声人語)消えゆくブログ

 

三浦 麻子:大阪大学大学院教授=社会心理学)2025102日 投稿

かつて私も20年ほどの間,毎日ブログを書く「ブロガー」でした.その習慣が高じて,というわけでもありませんが研究対象にもしていて,論文を書いたり,『ウェブログの心理学』という共著を出版したこともあります.これらはまさに「日々感じたことや何げない光景を記録し、多くの人に見てもらいたい」と人々の心理について,ブログ作者への調査とその方の書いた内容を対応づけた分析の結果をベースに論じるものでした. ブログにおける作者の指向性と内容・コミュニケーションとの関連 、ブログサービス事業者がごくわずかになったわけですから,確かに「ブログの時代は終わった」と思います.ただそれは日々移りゆくよしなしごとを書き手と読み手が共有する場所がブログではなくSNSに移行したからでしょう.サービス終了で過去の記録が消えてしまうのは残念ですが,それはブログに限らず世の習いかなとも思います.


 


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